目次

しんさんとしの

本編

あの夏のこと、思い出した夏のこと。

番外編

何気ないただの日々。

『夏の日々』

『冬の日々』

『ままごと』-パラレル

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21 / 処暑

蝉の声が降り注ぐ。
八月終わりというのに残暑は依然として厳しいままだ。
膝裏に汗の伝うのが気持ち悪い。
「なー。そうめんまだー」
「まだよ。手伝ったら?」
弟の志郎が高校のジャージ姿のまま暖簾をくぐって覗き込んでくる。
ちゃんと手を洗ったのだろうか。
私はコンロの火を止めて片手鍋を持ち上げた。
プラスチックの鍋の柄が手のひらの中でじんわりと熱い。
「熱湯危ない。どいて。氷出してて」
ざる越しに熱湯を流しに注いでいく。
二人分のそうめんはいつもより量が少なかった。
幼馴染がお昼を食べにこないのは、この夏にしては珍しいことだった。
「志郎。辰さん来ない理由ってあんたなんか知らない?」
「風邪引いたんだろ」
「そうなの?」
「聞いてないのかよ」
出来合いのめんつゆと氷の入った器を抱えて弟は廊下に出て行った。
冷水で軽くめんを洗い、ぬめりを取る。
ざるにあけて氷をひとつふたつ、そうめんのなかに隠しておく。
辰さんが風邪。
(……珍しい)
手を止めて小窓向こうの緑葉を仰いだ。
昨日の夕立がうそのように日光ばかりが暑くて眩しい。
確かに帰り際商店街で行き会ったときは、傘を差していなかったけれども。
ほんの僅かな温い通り雨で、風邪を引くようなものではなかったのだ。
少なくとも、小学校の頃から病欠をほとんどしていなかったあの幼馴染にとっては。
この夏の気候がおかしいことと関係があるのかもしれないし、ないのかもしれない。
額の汗をぬぐって手を洗い、改めてざるの水を切った。

廊下から居間を覗くと、志郎がテレビを見ていた。
網戸の奥でうちわが縁側に放りっぱなしだった。
麦茶を注ぎにもう一度台所の暖簾をくぐる。

ちょうど一年と一ヶ月前に、喪服で縁側に座っていたあの頃から、学校とバイトの日以外はお昼をうちで食べていくようになった。
お昼を用意するのも、(埋め合わせのように)よくお土産を持ってきてくれるので、迷惑ではなかった。
彼がうちで食事をしていくことはもっとずっと昔からの日常であったのだし。
葉のさわめきが台所に湿気をゆっくりと運んでくる。
蝉の鳴き声がうるさいくらいに降る八月最後の月曜はお昼に弟とそうめんを食べた。

しんさんとしの
(21:処暑)