12 / 夏玄関
「ねえ辰さん映画行かない?」
暇そうにしているので声をかけると、寝転がっていた幼馴染がぱちりと目を開けて身体を起こした。
「行く。」
目の前の何もない空間をぼうっと見ながら(寝ぼけているんだろうか)そう言うと、彼は服の皺を直しながらゆっくりと立ち上がった。
窓の縁から落ちている光に目を向け、それからガラスの風鈴を見上げ、反射してくる夏の日差しに目を細める。
開け放たれた窓の外から、風が入り込んで辰さんの髪と服の裾がかすかに浮き上がる。
それを見ていると、私まで眩しいような気になってくる。
今日もきっと、暑い一日になるのだろう。
なんとなくそんなことを思いながら柱に寄りかかっていると、辰さんがふいと振り返って私を見た。
一緒に、いつもの落ち着いた声も飛んでくる。
「何に行くの」
「この前言ってたドイツの映画に行こうかなあと思ってるけど。何か見たいのある?」
私を通り過ぎて自然な歩調で玄関へ向かう幼馴染の後ろを歩いて、私はかばんの中の上映予定表を探した。
辰さんが、それに気付いて軽く手を振る。
「いいいい、大丈夫だよ。それにしよう。」
今日は長袖でないTシャツから伸びた腕がスニーカーを拾い上げ、玄関に腰をかけて幼馴染は靴を履いていた。
なんとなく、今日は心が軽いのかなあと思った。
それは何より。
「じゃ財布取ってくる」
それだけ言って、手ぶらで来ていた幼馴染はごくごく自然に、玄関の敷居をまたいで夏の日差しの下に出て行った。
行って来ます、と聞こえてもおかしくないような空気だった。
だけれど家族ではなくて、それなのにこんなにもあの人がここにいることは自然だ。
居間の奥で遠く風鈴が鳴った。
お父さんがトイレから出てきて、なんだどこか行くの、と聞いたので私は本当に当然のように辰さんと映画に行く、と答えた。
多分ここに辰さんがいたら、お父さんは彼にも私にも、変わらない態度で気をつけてなと言う。
でも私は辰さんと家族ではない。
今年も本格的に夏が来ている。
そしてきっといつものように、雲と一緒に過ぎていき、夏の終わりは風が寂しく心地いいだろう。
玄関の床板が、手の平を涼しく受け止めて、外から足音が戻ってくるのを私は黙って待っていた。
(12 :夏玄関)